
カメラの外では人見知りな僕に、現場で会話のキッカケを与えてくれるのが、“僕も東放学園なんですよ”の一言。たくさんのスタッフが“僕もです!”なんて答えてくれて、お互いいい雰囲気で仕事をはじめられるんですよ。
「ウケるモノマネには、方程式があるんです。1:顔が似ている 2:声が似ている 3:アイデアがいい。この3つが揃えば最強です」
と語るのは、タレントのイジリー岡田さん。お茶の間を沸かせるユニークなモノマネには、そんな秘訣があったのだ。
「宮崎駿さんのモノマネをはじめたのは、当時、『千と千尋の神隠し』が大人気だったから。これをやれば新聞のラテ欄に載るんじゃないかと考えたんです。まんまと作戦成功でした(笑)」
今でこそ芸能界で大活躍のイジリーさんだが、意外にも小・中学校までは人前に出ることが苦手だったとか。だが、高校に入るタイミングで“変わってみよう”と決意したという。
「そこで放送部の仲間に恵まれたんですよ。当時は、萩本欽一さんの全盛期。欽ちゃんの番組を見た翌日は、いつも気の合うヤツら5、6人で、コントを再現してましたね。“将来はみんなでお笑いやろうぜ”って、誰かがいったんだけど、その言葉を信じてたのは僕だけだった(笑)。みんなが現実的に就職・進学といいはじめたとき、焦ったんですよね。
“18歳で、みんなは将来を決められるんだ。俺は何になりたいかわからない”って」
お笑いにあこがれつつも、なにより“テレビ業界が好き”という気持ちから、最初は技術スタッフをめざして東放学園へ。しかし、授業の「テレビ制作実習」で、司会役などに駆りだされるうちに“表舞台で活躍したい”という気持ちが再び燃えはじめた。
「ただ、卒業してから2年間は暗闇の時代でした。周囲に“俺、お笑いやるからさ”としゃべるだけで安心してる自分がいて。でも、ある本で“夢を叶えるために行動してますか?”の一行に出会って、ハッとしたんです。そこでオーディションを受けはじめたんですよ」
その後、現在の所属事務所・ホリプロに見出されてデビュー。伝説の深夜番組『ギルガメッシュないと』などで、一躍、人気者になっていく。また『アメトーーク!』の楽屋訪問で、イジリーさんのマニアックな魅力をはじめて知った人も多いはず。
「あの番組は、カメラマンが本当に素晴らしい方で。打ち合わせもなく、僕が突然リップクリームをなめたりする様子を、映画のように、完璧なタイミングで撮ってくださいました。バラエティは、タレントの力+スタッフさんの“愛”によって何倍にも面白くなる。僕はそう思ってます」