卒業生インタビュー/映画制作科

映画監督・堤 幸彦さん

映画『ファーストラヴ』
映画『truth ~姦しき弔いの果て~』

映画監督 堤 幸彦さん 78年度卒 / 愛知県出身
(株)オフィスクレッシェンド

東放学園で打ち込んだ仲間との共同作業は、その後の人生を決定づける革命的な体験となった

記憶に残り、希望をつなぐ。音と映像の不思議なパワー

音楽であれ、映画であれ、舞台であれ、優れた作品は、誰かの人生にくっついてるものなんです。僕は十代のころ、はっぴいえんど※の『春よ来い』を聴いて東京に出ようと思ったし、思えばその後も、ポップミュージックの変遷と僕の人生はずっと同期していますね。

映画でいえば、『2001年宇宙の旅』『地獄の黙示録』『家族ゲーム』『お葬式』…、人生を変えたいくつかの作品があります。そしてレンタルビデオさえない時代に佐久間義彦先生(東放学園名誉校長)が見せてくれた数々の古典映画やアートムービー。東放学園で過ごした時間もまた、そうした作品の衝撃とともに、僕の中に絶対的な体験として刻まれています。

ただの“音”や“映像”が誰かの人生とリンクして、記憶にとどまったり、生きる希望になったりする。考えてみればすごく不思議なことだけど、それこそがエンターテインメントが存在する意味、エンタメの力なのだと思います。

おじさんがぐうの音も出ない破壊力のある作品作りを

2019年、僕は嵐のライブフィルム『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』でメガホンを取りました。20年来の付き合いであるメンバーのために、すべての力を出す気持ちでのぞんだ作品です。ただ、振り返るとせつない思いもあります。コンサートが行われたのは19年12月23日、コロナ禍の直前です。あの日、歓声を上げていた5万人の大観衆の姿、それまでは日常だったエンタメの光景が、その後、幻影のように不可能となってしまったんです。

コロナ禍は、エンタメ業界に巨大な影響と影を落としています。でも、僕が一番伝えたいのは、そんななかでも多くのクリエイターたちが自ら行動し、新たな表現の出口を模索する機運が生まれていること。3人の女優の心意気で実現した『truth ~姦しき弔いの果て~』、コンテンポラリーダンサー生島翔さんが出演・プロデュースした『Trinity』。僕が演出させていただいた2本の自主制作映画は、いずれもコロナによって封じ込められた人々が決意を持って立ち上がった作品です。彼らの姿勢は、アフターコロナへの芽吹きを感じさせるものでした。

今は、スマホさえあればひとりで映画がつくれる時代。みなさんには“ とりあえず1本監督しちゃう?”ぐらいのカジュアルさでどんどんチャレンジしてほしいですね。そうしたなかで、もし東放学園のような学校に来る理由があるとすれば、それは、“そこに仲間がいる”ということに尽きると思います。僕にとって東放学園は、漠然としか映像業界を知らないまま、ぽっと入った学校です。しかし、そこで打ち込んだ仲間との共同作業は、その後の人生を決定づける革命的な体験となりました。映像、音、光、演技。バンドを組むみたいに才能を結集すれば、世界に届かせる作品作りも可能なはず。おじさんがぐうの音も出ないような、パンチと破壊力のある作品をここから生み出してください。

※ 大瀧詠一、細野晴臣、松本隆、鈴木茂による日本ロック草創期のバンド。1969年結成

映画監督・行定 勲さん

映画『劇場』
映画『窮鼠はチーズの夢を見る』

映画監督 行定 勲さん 88年度卒 / 熊本県出身
(有)セカンドサイト

音楽を奏でるように、映画をつくってみたかった

2020年にリモート制作で手がけたショートムービーへの思いは?

コロナ禍によって映画館が封鎖されるという事態を目の当たりにして、今やれることは何かと考えたとき、僕が感じたのは“音楽を奏でるように映画をつくりたい”ということ。震災時に立ち上がったミュージシャンたちがそうだったように、僕ら映画人も、リモート収録やライブ配信という手段を使えば、リアルタイムに人々の心に寄り添う作品を届けることができると考えました。そうして生まれたのが、『きょうのできごと a day in the home』など一連のショートムービーです。感染防止で近づくことが許されない男女の姿など、ラブストーリーの肝になる“距離”という設定をコロナが与えてくれたから、題材としても非常に面白いものになりましたね。

少年時代に映画『影武者』(黒澤明監督)の撮影現場を見たことが原点だとか?

騒然とした現場の空気にすごい熱量を感じたし、忘れ難い経験でしたね。完成した映画を観てみると、それは自分の想像をはるかに超えたものでした。子ども時代に想像を超えたものを見るという経験は貴重ですよね。そして、あのとき現場で甲冑に泥を塗っていたおじさんたちの一つひとつの作業が、この映画のリアリティ、迫力を生んだと子どもなりに理解したわけです。映画の細部をつくっている黒澤組の“スタッフ”にあこがれて、「あのひとりになら自分もなれるんじゃないか?」と思ったのが僕の原点。今思えば映画監督ではなく、そこをめざしたことが僕にとってよかったのかもしれません。

映画を志す人へメッセージを!

表面的なうまさよりも、なぜその表現にたどり着いたのかというプロセスが大事。海外の映画祭を見ていても、先進国でない国の映画人たちがつくった無骨な作品の方が、よほど新しくて衝撃的だったりする。全然ヘタくそでいいんです。自分が求めているものは何か?という純度を大切にして、映像制作にのぞんでほしいですね。

映画監督・井樫 彩さん

映画『真っ赤な星』
映画『NO CALL NO LIFE』

映画監督 井樫 彩さん 15年度卒 / 北海道出身 メッセージ動画を見る

日本人監督最年少でカンヌヘ。卒業制作が自分の名刺になった。

卒業制作『溶ける』が「カンヌ国際映画祭」に正式出品。参加したときの印象は?

カンヌに行った当時は21歳。世界で活躍するスター俳優や映画監督がレッドカーペットを歩いているのを近くで見て、世界との差を肌で感じ、悔しいという感情が生まれました(笑)。そのとき湧いた反骨精神は、その後の作品作りの原動力となっています。

東放学園の経験で今役立っていることは?

学校では、“映画作りでもっとも大切なこと”を教わったと思います。「まずは自分の半径5mをきちんと描ききれ!」という講師からの言葉で、作品作りへの意識が変わりましたね。“自分はこういう人間なんだ”ということを作品の中で表明し、自分の名刺代わりになる作品をつくりなさいと。『溶ける』がまさにそうなっわけで、恩師たちには頭が上がりません。

役者の演出で心がけていることは?

よい作品をつくるためには、役者さんとの信頼関係をつくることが大切だと思っています。映画『真っ赤な星』では、女優の桜井ユキさんとお互いの過去をもさらけ出すほどいろんな話をしました。感覚まで共有できるようになってから撮影にのぞんだので、いいシーンたくさん撮れたのだと思います。

今後の目標を教えてください。

映画だけにこだわらず、ドラマやMV、PR映像など、面白いものにはどんどんチャレンジしていきたい。作品に関わるたくさんの人と協力して、ひとつの作品をよくしていく…そんな映像作りがやっぱり好きなんです。

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